ミシェール滝の引退に伴い、GEAR社長Nは新人選手のスカウトに走る。
そして東京にて次代のエースとなる選手を発掘する事に成功する。
彼女の名は”市ヶ谷 麗華”。
体格・顔立ち・性格。
どれをとってもJWIのエースだったビューティ市ヶ谷にそっくりである。
N社長「市ヶ谷2世か。これで5年はいけるな。。」
※現実の女子プロレスでは40歳を越えてもまだ現役。
30歳は当たり前という雰囲気になっている。
が、このレッスルエンジェルスの世界では昔の25歳定年制に近い感じになっているんだよね。
15,6歳でデビューして22~24歳で引退。
短いからこそ輝けるのかもしれないね。
◇5年目11月
再び事件が起こる。
GEAR プレミアムリーグ IN 東北 (全8戦)
シングルのリーグ戦(参加8選手)を東北限定で行うという興業で、各地で超満員を連発していた。
参加選手は・・・
南、藤原、近藤、中江、橘、葛城、吉田龍子、小川ひかる
優勝候補にあげられていたのは、エースの南、そして南を破ったことのある近藤だった。
南は安定した取り口でギブアップ勝利を連発。
そして近藤も得意の打撃攻撃で勝利を積み重ねていく。
この二人の対戦は最終戦で組まれているので、そこが優勝決定戦になるだろうというのが事前の関係者・ファンの予想だった。
しかし、予想・予報というものは外れるように出来ているものだ。
X4年11月。
これまで順調に来ていたGEARに衝撃が走った。
GEAR ロイヤル北条、電撃退団。WWCAへ!
実はこういってはなんだが、渡りに船であったのだが・・・
すでに能力も伸びなくなっていたし、ポジションとしても中堅以下。
団体として退団されても問題はなかったのだ。
N社長「しかし、国内ではなくWWCAか。 大きなチャンスを得たなあ・・・」
いくら戦力的に落ちるといっても大事な旗揚げメンバーだ。
GEAR 所属選手・スタッフ全員出席で壮行会を行い、心よく送りだしてあげることになった。
しかし経営者はシビアである。
その裏で新人テストを敢行し、杉浦美月(写真)
またこの11月には再び菊池以下2名の新女選手が乱入してきたが、南が8戦全てで撃退に成功する。
※なお初期の頃は1月4~5興業だったが現在は8興業必ず組んでいる。
しかし翌年春GEARの歴史が動くことになる。
GEAR JAPANの社運を賭けたプロジェクトである、総アイドル化計画。
所属全員の写真集発売を目標に、毎月のサイン会(東京限定開催)で人気を上げていく。
人気が上昇していくにつれ、GEARの観客動員はあがっている。
人気のおかげなのか? それとも評価値が高まったから??
とにかくサイン会を開催しまくり、観客動員は1500~2000人クラスまで伸びていく。
☆所属選手の主な芸能活動☆
南 利美 = 写真集4冊 映画出演1回 一日署長2回
近藤真琴 = 写真集3冊
ドルフィン= 写真集2冊 映画出演1回
中江 里奈= 映画出演2回
小川ひかる= 写真集2冊 映画出演1回
藤原 和美= 映画出演1回
この間に話は4年目6月くらいまであまり変動なく進む。
途中で3000人クラスの会場を使える用に投資し、大分動員もあがってきた。
旗揚げが大コケ。
観客動員の難しさを痛感させられたGEAR JAPANは当初のプランを変更し、地道な興業をこころがけるようになる。
X1年6月。
宿舎を増強、グッズショップを開店させる。
新人テスト&新人スカウトで近藤真琴・中江里奈が入団。
当面はこの8名の選手が主軸となる。
なにしろ次の増強をする1000APまではかなりの道のりだから・・・
以降は500人クラスの会場を中心に、関東・甲信越・大阪・兵庫・福岡を回る。
それでも動員は425人程度。
1000人会場でうっても同じくらいしか入らないのであれば、できれば野外の500人会場で。
東京にも作ってほしかったなあ。500人会場。
南千住の荒川河川敷とかさ。
よく全女がやってたやん。 チャパリータASARI(引退)の地元だったし。
ドルフィン「私、ドルフィン早瀬は新団体 GEAR JAPANへ入団しました! なぜ新団体なのか?って? もちろんチャンスがあるからです!」
X1年4月 東京都を本拠に女子プロレス団体GEAR JAPANが設立された。
新日本女子・JWI・太平洋など4団体が活動する日本女子プロレス界に新風を巻き起こすべく設立されたこの団体はベテラン選手は獲得しない(ヘッドハンティングはしない)新人・若手のみで構成する!
といったコンセプトを打ち出している。
フリーで活動していたミシェール滝(写真)
すでに新人テストで2名(ドルフィン早瀬&南利美) 新人スカウトで藤原和美を確保。
設立が発表された段階では4名の選手が所属。
5月にも旗揚げするというのが業界内での大方の見方だった。