~~NEW WIND社長 風間 新 手記より~~
「これで最後ですかな?」
2tトラックに段ボールを積み終えたダンディ須永は、汗一つかかない涼しい顔で声をかける。
「ありがとうございますダンディさん。これで完璧です」
そう答えたのは、南利美だ。彼女は先日までプロレスラーだった。先日、同期のライバル伊達とラストマッチを行い現役を引退したばかりである。
「そうですか。もっと荷物があってもよかったんですがねえ」
ダンディさんは残念そうな声を出す。今日彼女は今まで住んでいた寮の部屋を引き払い、いったん実家のある高知県へと戻ることになっている。
「……私も色々と思い出の詰まったこの部屋とお別れするのはやっぱり寂しいですね」
「まあ、今生の別れというわけではないですからね。今後も高知での興行はありますし」
私はそういって笑みを浮かべた。
「もちろん高知の興行の際は観客席で見させてもらうつもりよ、妹も気になるしね」
そう、南の妹はハイブリット南というリングネームで現在も我々NEW WINDのスカイブルーのリングに上がっている。今までは”南利美の妹”として見られていたが、これからはハイブリット南という一人のレスラーとして評価されることになるだろう。
すでにリングにいなくなった姉と比較されながら。
「それに私の自主興行もありますからな」
ダンディさんは、NEW WINDの現場監督兼総合コーチ兼レフェリー兼私の相談役という一人何役もこなしているが、50を過ぎた今でも年に数回のペースではあるがリングに上がる現役のプロレスラーでもある。
「もちろん駆け付けます。当然いい席をご用意いただけるのよね?」
「……特リン7000円(外税)ですぞ」
ダンディさんはニヤリと笑う。確か次回は後楽園プラザ大会だったはず。特リン(特別リングサイド)7000円(外税)はメジャー団体クラスの料金設定だな。
「うち(NEW WIND)より高いじゃない!」
そう、うちは2000人クラスの会場なら特リン6000円(外税)で設定しているのだが。
「なるほど、プレミア分ってことですね」
「ああ、そういうことね。納得だわ」
「どちらにせよ、お待ちしております。いい大会になりますよ」
ダンディさんの表情には自信があふれている。
「ちなみにメインはシングルマッチでしたよね」
「ええ。久しぶりに関野源吉とのシングルですな」
関野源吉はダンディさんの終生のライバルと呼ばれている選手だ。ダンディさんのような華やかさはないが、武骨なテクニック系の玄人好みの名レスラーである。
「それは行かないといけないわね。……立ち見で」
南はそういって屈託なく笑った。その表情は本当にリラックスしていて、(ああ彼女は本当に引退したんだな)と感じさせるものであった。
その後、南は同期や後輩との別れをすませ、迎えの車に乗り込んだ。
「南、今までお疲れ様。また再会できる日を楽しみにしているよ」
「ええ。こちらこそ今までありがとうございました。じゃあ、またね」
南は笑顔を残して去っていった。
今年はすこし早めに咲いた桜の花びらが、風に吹かれてひらひらと舞い落ちていたのを印象深く覚えている。
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