◇芝田美紀 控え室◇
ようやく通してもらえた由里も合流し、この芝田の控え室には5人の人間がいた。
長いすに横たわっている紫月と、それを心配そうに見つめるユイナと由里・・・そして芝田とその付き人の伊集院光。
「どうして紫月さんを助けなかったんですか!芝田さん」
「私だって助けてあげたいのですわ。ですが多勢に無勢・・・」
「だからといって見殺しにするなんて・・・」
「あの・・・私、死んでいませんけど・・・」
紫月は上体を起こしながら苦笑する。
ようやく通してもらえた由里も合流し、この芝田の控え室には5人の人間がいた。
長いすに横たわっている紫月と、それを心配そうに見つめるユイナと由里・・・そして芝田とその付き人の伊集院光。
「どうして紫月さんを助けなかったんですか!芝田さん」
「私だって助けてあげたいのですわ。ですが多勢に無勢・・・」
「だからといって見殺しにするなんて・・・」
「あの・・・私、死んでいませんけど・・・」
紫月は上体を起こしながら苦笑する。
「大丈夫ですの?紫月さん。」
「はい、ありがとう美紀さん。」
「お礼なんて言うことないよ。紫月さんが苦しんでいる時には助けてくれなかったのに。」
「私たちだって、助けたかった!でも、それができないのです。芝田さんも私も、市ヶ谷さんのやり方は気に入らないのです!」
ずっと黙っていた伊集院だったが、ついにこらえきれなくなる。
「ここは市ヶ谷財閥の経営する団体です。私たちでは・・・逆らう事はできません。」
「そんな・・・」
「仕方ないのです。伊集院さんも芝田さんもお嬢様育ちとはいえ、市ヶ谷財閥との取引で大きくなったところですから。」
紫月が力なく笑う。
「他のお嬢様たちは市ヶ谷財閥の囲いのお嬢様たち。あの子たちは幼少のみぎりから市ヶ谷にべったりです。私と伊集院は違いますけどね。・・・それでも関与しないと言う名目で結局見殺しにしているわけですから、紫月さんからすれば敵のようなものなのですけど。」
「そんな事ありません。私は芝田さんたちに感謝していますから。運命のお導きですよ。」
「紫月さんはどうして・・・?」
「私ですか?私はああいう人が嫌いだからですよ。」
「市ヶ谷が紫月さんをああやって狙うのは1対1だと負ける可能性があるからですわ。現に今紫月さんの巻いているベルトは市ヶ谷から奪ったものですわ」
「それに紫月さんは市ヶ谷の持つもう一つのベルトを奪いたいと思っているのです。」
「もう一つのベルト?」
「ええ、ココには『月のベルト』と『太陽のベルト』という二つのベルトがあるのです。」
「月と太陽?」
「紫月さんが持っているベルトは月のベルト、市ヶ谷が巻いているのは太陽のベルトです。」
「じゃあ挑戦すればいいのに。」
ユイナは気軽にいう。
「残念ながら太陽のベルトはタッグベルトなのですよ。」
「タッグ?」
「紫月さんにはパートナーがいません。私も伊集院も紫月さんとは組めないし、力不足です。市ヶ谷と西園寺のコンビには・・・勝てません。」
「ところでユイナさんは…本当にエリナさんと試合をするのですか?」
伊集院がふと思い出したように言う。
「あ・・・どーしよー。」
「やれやれ、完全に嵌められましたのね。仕方ないですわね。」
「仕方ない・・って?」
「ユイナさんはやる気はあるようなので、私がデビュー戦までしごいて差し上げますわ。ローズ・ウイップの道場は市ヶ谷に支配されていますから・・・私のジムへいらっしゃい。きっちり仕上げて差し上げますわ。 あと1ヶ月しかありませんけど。由里さんもおいでなさい。」
そして特訓が始まった。
ユイナは市ヶ谷財閥の手回しで仕事を減らされてしまっているので、スケジュールを調整する必要はほとんどないが、それでも握手会や、イベントなどをこなしながらの特訓だった。
「驚きましたわ。意外とやりますわね。」
芝田が認めるほどユイナには素質があったようだ。グングンと実力を高めていくユイナは、スパーリングで伊集院から勝利を奪ってみせた。
「やった! 伊集院さんに勝っちゃった!」
「凄いですユイナさん。」
「・・・伊集院さん・・・基礎からやり直しですわね。」
「そんなあ・・・」
そして試合当日。
「ライトニングアローとライトニングソード、ライトニング・パンチ・・・っと。」
ユイナは教えられた技を反芻する。
ライトニングアローは、後方へと投げるスープレックス技、ソードはジャンピングハイキック、パンチは裏拳だと思ってもらえば大丈夫だろう。
「ぜんぶ明るい名前の技ですね。」
「由里さん、それがユイナさんにはぴったりですからですわ。ユイナさんは明るくって、太陽のようなエネルギーを持っていますから。」
「さ、ユイナいくわよ。」
「はい、紫月さん!」
「由里、バックアップよろしくね。」
「はい。任せてください!!」
神楽坂ユイナはデビュー戦のリングへテーマ曲に乗って登場。入場テーマは自らが歌う『お嬢様のたからもの』軽快な曲調なので、入場にはぴったりかもしれない。
「青コーナー 東京都出身 パウンドはアイドルの秘密~ 神楽坂ユイナー!!」
「赤コーナー 埼玉県出身 体重は秘密よ! 西園寺エリナー!!」
ゴングが鳴り響き試合開始。
試合のはじまりは・・・ビンタ!
「いったーいわね!!」
顔を初めて張られたアイドルお嬢様神楽坂ユイナは思わず渾身の力を込めてビンタを張り返していた。これを食らったエリナは昏倒。
「ユイナ!カバーするのよ!!」
紫月の声が飛び、ユイナはあわててカバーする。なんなくレフェリーの手が3度マットを叩き、ゴングが鳴らされた。
「0分12秒、ライトニング・ラッキーで勝者 神楽坂ユイナ!」
「えっ! 終わり!!?」
ユイナの張り手は張り手というよりは掌底ぎみに、エリナの頬ではなく顎をうちぬいていた。
それにしてもリングアナも機転がきく。ライトニング・ラッキーとはナイスネーミングだ。
「おーほっほっほ。おめでとう神楽坂ユイナさん。人気お嬢様アイドルには、ただのお嬢様アイドルでは勝てませんでしたわね。」
「その声は・・・でたわね!ビューティ市ヶ谷!!」
このユイナの言い方に市ヶ谷の表情がかわる。
「人を化け物みたいに扱わないでくれるかしら。私が人並みの美貌ではない事は確かですけど。」
「で、何の用よ!」
「あらずいぶんな言い草ですこと。せっかく貴方によいお知らせをしてさしあげようと思ったのに。」
「なによ、どうせ悪巧みしているんでしょ?」
「あら失礼ですわね。折角チャンスを差し上げようと思いましたのに。」
「チャンス?」
「ええ。太陽のタッグベルトに挑戦させてあげてもよろしくてよ。ユイナさんも実績がおありのようですし。」
「市ヶ谷・・・まさか・・・」
紫月が何かに気づいたらしく市ヶ谷を睨みつけるが、市ヶ谷は意に介さない。
「次回大会でお会いしましょう。エリナさん、行きますわよ。」
「はい。」
いつの間にかエリナが立ち上がっている。ダメージはまるでなさそうな顔だ。
「やっぱり・・・わざとですね。」と紫月は呟く。
「わざと?」
「これは巧妙な作戦です。市ヶ谷は・・・ユイナさんを直接潰す気です。」
「ええっ?」
「これも運命なのかもしれませんけど・・・」
◇紫月派の控え室◇
「市ヶ谷・・・やりくちが巧妙ですわ。」
芝田が呆れ顔をする。
「大観衆の前で恥をかかせ、人気を奪う・・・ですか。」
「次回大会はドーム大会ですわ。中継も予定されていますし、お嬢様No1を自負する市ヶ谷にとっては、実力が拮抗しつつある紫月さんと、人気で上回るユイナさん。どちらも邪魔な存在です。」
「一挙に潰すわけですか。それも実力者のエリナをわざと負けさせるという手を使ってまで。」
「おかしいと思ったんです。あんなにあっさり勝てるなんて・・・」
ユイナは元気がない。
「でも・・・逃げないです。私にもできる事はあるし・・・それに事務所のためにも頑張らないといけないし。」
「よい決意ですわ。なら私も協力いたしますわ。」
芝田は笑顔をみせる。きっと彼女には策があるのだろう・・・
「ここぞという時の合体技を練習しておきましょう!」
太陽のタッグベルトへ挑戦する事になったユイナと紫月。二人は芝田の指導の下、特訓を重ねていった。
◇1ヶ月後◇
ローズ・ウイップ初のドーム興行『華激競艶』新日本ドームは超満員札止め。 名古屋・大阪・札幌・広島・博多・仙台・横浜では有料のシアターまで出現し、それすら完売になるという超ビッグイベントとなった。
もちろんペパービューで全世界へと配信されている。
「うわー満員だ。」
「すごいですう。」
「神楽坂ユイナの参戦は宣伝効果が大きいようね。」
「それも運命というものですね。」
「運命ですか・・・紫月さんのいう運命とは違うかもしれないけれど、全力をつくせば運命は変わると思いますわ。ユイナさん、紫月さん、結果楽しみにしていますわよ。」
☆メインイベント☆
リング上ではすでに両チームが睨みあっている。
王者、ビューティ市ヶ谷&西園寺エリナ組 VS 挑戦者、氷室紫月&神楽坂ユイナ組
実力では王者組が上だが、人気では挑戦者組が上。
「エリナさん、今度は手加減無用ですわ。やっておしまいなさい!」
「はい!市ヶ谷様。」
エリナが先発、挑戦者組は紫月が出る。
「ユイナは控えていて。」
「でも・・・」
「大丈夫、運命は私が開くと占いに出ているから・・・」
「占い・・・?」。
「・・。なんでもないわ。」
紫月は微笑んだ。
エリナと紫月では紫月の方が強い。エリナもそれがわかっているからこそ、じっくりと攻める構えを見せる。
「・・・!」
紫月が素早い動きを見せ、エリナの懐に潜りこむ。
「あっ!」
いきなり得意の紫龍(変形ドラゴンスリーパー)に捕らえ、エリカのスタミナを奪いにかかる。
「紫龍・・・あの占い師さんと同じ名前?」
ユイナの脳裏に占い師紫龍の姿が浮かぶ。
「あっ!!紫月さん、危ない!!」
いつの間にか市ヶ谷がリングへと飛び込んでおり、渾身のビューティボンバーで紫月の首を狩る。紫月は紫龍を仕掛けているので防御が出来ず、ロープへと思いっきり吹っ飛ばされてしまった。ただ、この攻撃はエリナにもダメージ。エリナはそのままダウンしてしまう。
ローズ・ウイップルールではタッグの場合、両者をダウンさせないと試合は終わらない。
「さ、今度は貴方の番ですわ。」
紫月を仕留めた市ヶ谷は、コーナーに控えるユイナの髪を引っ張ってリングへと引きずり込む。
「いった~~ああ!!!」
髪を引っ張られたユイナは悲鳴をあげるが市ヶ谷は楽しそうに笑っている。
「あら、髪が痛いのですか?それでしたら・・・こうすれば!!」
市ヶ谷の張り手がユイナの左頬を捉える。
「っつ!」
ユイナが張り手を食らったのをみて客席から悲鳴があがる。だが、悲鳴を上げずに、満足そうな顔をする客もいる。自分がユイナをいたぶっているという危ない妄想に走っているのだ。
自分たちには一生見ることのないお嬢様たちが上げる悲鳴・苦悶の表情・・・それを楽しみにしている危ないお客もローズ・ウイップには多い。
「いいですわ。その苦悶に満ちた表情。非情にそそりますわね。」
市ヶ谷、今度は右手の甲をユイナの右頬に叩き込む。
「きゃう・・・」
ヒザから崩れるユイナ。いくら鍛えたとはいえ、市ヶ谷の攻撃はユイナには重すぎる。
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