NEW WIND社長 風間新~手記より~
※なおレッスルエンジェルスサバイバー1版NEW WIND編の大幅改訂版となります。
◆8年目2月◆
「……いよいよですな」
ダンディさんはいつもと同じ口調だったが、その表情からはどこか寂しさが感じられた。
「ですね。いつかは起こることですし、避けては通れないことだとはわかっていますけど、いざ現実となるとやはり寂しいものですね」
ダンディさんだけではない。私だって、同じ気持ちだ。今日は初の大会場進出の記念すべき日であり、本来なら達成感・充足感を感じるべきはずなのだが、さすがにそんな気分にはならない。
……なぜなら、所属レスラーの一人が、今日の大会を最後にスカイブルーのリングを去ることになっているからだ。
「寂しいことですが、無事に親御さんのもとに返すのは我々の大事な役目ですからな。今日はプロレスラー南利美の最後の日であり、そして一人の女性としての新たなスタートですからな」
そう、リングを去るのは、旗揚げメンバーとして苦楽をともにしてきた一期生の南利美だ。
「そうですよね。女子プロレスラーの寿命は短い。だからこそ華やかにリングで輝けるわけですし」
ダンディさんの言うとおりだと思う。彼女の人生はまだまだこれからなのだから。
「そういうことです。男子なら私の用に齢60を超えても現役というのはいますがね」
ダンディさんは、NEW WINDの現場監督兼総合コーチ兼レフェリーというハードな役柄をこなしながら、日々のトレーニングを欠かさない。その練習量は、うちの所属選手と同等以上かも知れない。
その練習の成果もあるのか、今でも須永道場の自主興行やライバル関野源吉(かんの・げんきち)選手が主催する関野塾の興行で年に数度リングに上がっている。
「……60を超えてリングに上がる……そんな南はみたくないですね」
これは私の偽らざる本心であるし、誰もそんな南をみたいとは思わないだろう。
「そりゃ私だって見たくはありませんぞ。ただ、プロレスというのは一種の麻薬のようなものです。やめようと思ってもそう簡単にやめられるものではないのです」
40年を超えるキャリアを持つダンディさんがそういうのだから、それは事実なのだと思う。引退したレスラーが復帰するのにはそういう部分もあるのだろう。
「南には幸せになってもらいたいですからね。ちゃんと送り出してあげるのも私たちの大事な役目ですから」
旗揚げから8年。一期生の中心……いやNEW WINDという団体の中核を担ってくれた南利美が、今日ついに引退の時を迎える。引退試合の場所は、旗揚げ当時に「いつかこの会場で」と思っていた我
々NEW WINDの地元福岡県最大の会場、九州ドームだ。収容人数は5万5千人。すでに前売りでほとんどの席が売り切れている。
旗揚げ当時、500人規模の会場を埋めるのにも四苦八苦していた弱小団体が、この大会場を埋めることができるようになるとは……その原動力になったのは、本日引退試合を迎える南をはじめと
する一期生たちであったのは間違いない。
南の引退試合は、ダブルメインイベントの第一試合で行われることになっている。本来ならば第二試合でと思っていたが、南本人の申し出により第一試合で行われることになった。
「新たなる風のはじまりだから。私は、その前で十分だわ。もっといえば、休憩前とかでもいいのだけど……」
「そうはいかないな。功労者の南の引退試合をそんな前でやるわけにはいかないからね」
「……そう。社長がそういうのなら、そうするわ」
南の表情はすでに吹っ切れている。以前の悩んでいた時とはまったく違う顔だ。
「……南、悔いを残すなよ」
「もちろん。……もしやり残したことがあったら、その時はまた戻ってくるわ。当然受け入れてくれるわよね?」
冗談とも本気とも判断しかねる言葉だ。
「……はは、もし南がリングに上がるというなら、サポートする。でも、まずはこれからの幸せを考えてほしいな」
「ふふ……冗談よ。最後の試合、全力を尽くすわ。完璧な試合をみせたいものね」
「ああ。期待しているよ」
南の引退試合の対戦相手は、同期の伊達遥だ。これまで伊達とはタッグを組んで王座をとったこともあれば、お互い切磋琢磨しあって頂点を競いあったこともある。
非常に簡単なことばで表現するのなら、南の最大のライバルだな。”南の引退試合の相手は、伊達以外にはありえない。”と私は思っているが、たぶんそれはファンの人たちも同じ思いなのではないだろうか。
NEW WINDの象徴たる彼女は果たしてどのような幕引きを飾るのか……
結末を楽しみに読ませていただきます。
しかし関係ないですが、南さんの話で広告が1/4HAYABUSAとはw