この物語は一人の少女が主人公です。
「岩井! 上野さんが呼んでいるよ。」
練習後のシャワーを浴び終えて廊下へ出てきた私に先輩の加瀬かずみさんが声をかけてきた。
「えっ?上野さんが?」
私は意外だったので素直に聞き返した。
ホントは先輩に聞き返すというのはあまりよくないのだけど。
「そうだよ。事務所まで来てくれっていってたよ。」
かずみさんはまったく気にしてない様子。
「なんだろう・・・わかりました。 わざわざありがとうございます、加瀬先輩。」
私は精一杯の笑顔を作る。
「いいよ。気にしないで。あ、そうそういつも言ってるけど、先輩達がいない時ならそんなにかしこまらなくていいよ。 私の方が2年先輩だけど、年はほとんど一緒なんだからさ。」
かずみさんは、屈託なく笑う。
この人って人を引き付ける才能があると思う。
数多くいる先輩達の中で、私は一番この人が好きかもしれない。
ボーイッシュな髪型、さっぱりした言動、ひたむきなファイト。
実際かずみさんファンの男性・女性は数多いと聞いている。
ちょっぴり昔の上野さんに似ているのも人気の理由らしい。
上野さんの”赤”に憧れて入団してきたけど、”赤”は中里先輩に取られ、上野さんのパートナーの青の色を継承しているみたい。
「は、はい。 わかりましたかずみさん。」
「まだ堅いけどそれでいいよ。 先輩達がいないときは・・・ね。ほら、上野さん待ってるよ。」
「あ、はい。 行って来ます!」
私は事務所へと向かった。
・・・ところで私なにかしたっけ?
私の中で事務所というところにはあまりいい思い出がない。
同期の小早川すずと門限破りをしてこってり絞られたり、付け人を務めている吉川未知の取材に帯同させて貰ったときにお茶をこぼしたり、なんだり・・・と色々とミスして怒鳴られたり・・・とにかくこの事務所では怒られた記憶しかないのよね・・・
事務所の黒い木製のドアの前で私はちょっと躊躇した。
・・・バカね私。 今日は怒られる事はした記憶ないのに・・・何を戸惑ってるのかしら・・・
そして私は大きく深呼吸をしてから、ドアをノックした。
「岩井です!」
「おー里香か。 入れ!」
上野さんの声がしたので、私は、
「失礼します。 岩井里香入ります!」
と元気に言って事務所内に入っていった。
ちょっと声が震えていたのは・・・ナイショ。
私が中へ入って行くと事務所には上野さんと、同期のすずさんがいた。
あっれ?
すずさんまでいるって事は・・・二人で何かしたかなあ・・・
「二人とも座りな。」
上野さんは私達にソファへ座るように指示する。
「はい!失礼します!!」
私とすずさんは同時にまったく同じ事を言いぎこちなくソファに腰を下ろした。
腰を下ろした後も落ち着きなく、キョロキョロとしたりしている私達を黙って見ていた上野さんは苦笑しながら・・・
「そんなに堅くなるなよ。そんなんじゃ2000人のお客様の前でプロレスなんか出来ないぞ?」
「は、はい! すいません!」
私とすずさんはまたも声をそろえてしまう。
二人とも緊張していて声はかすれ気味だし・・・
「だから堅くなるなって言ってるだろ? 別に叱ったり怒鳴ったりする為に二人を呼んだわけじゃないんだ。 楽にしなよ。」
上野さんは微笑みすら浮かべている。
「は、はい。」
上野さんの言葉は嘘じゃないと分かり、私達はちょっとだけ緊張が緩んだ。
「まだ堅いな・・・ましょうがないか。 用件はこれだよ。」
上野さんは私達に1枚の紙見せてくれた。
どうやらマスコミ向けにリリースした文書らしい。
【X5年 上野女子プロレス 9月シリーズ”クイーンズロード”最終戦 9.15後楽園ホール大会】
どうやら最終戦の対戦カードらしい。
メインイベントはタッグマッチ60分1本勝負 上野由里加&吉川未知対MADOKA&ジャックミヤタ組
「へー未知さんメインなんだ・・・」
といった私の頭に突如衝撃が・・・
「どーこ見てるんだ。そこじゃないよ、下、一番下。」
すずさんと二人で頭をさすりながら渡された紙の一番下を見ると・・・
【第一試合 四期生デビュー戦 上女ニューウェーブバトル15分1本勝負 岩井里香 対 小早川すず 】
「なんだ、声も出ないのか?」
呆然としていた私達は上野さんのこの言葉で我に返った。
「ホントにデ、デビューなんですか!!?」
「本当だ。 もうチケットも完売してるぞ。 そろそろデビュー戦だと思っていたファンが多いみたいでね。 里香もすずも可愛いタイプだから、男性ファンは売り子や雑用をしている時にもう目はつけていたみたいだよ。 待望のデビューとあってはチケットも完売して当然だろ。」
私・・・岩井里香です。
練習生ではなく、プロレスラーになる日が急に決まりました。
わくわくする反面、ドキドキします。
初めてリングに立つ時ってどんな気分なんだろう・・・
最後まで読んで頂きありがとうございます。
応援の1クリックを願いします。→
こちらから管理人に拍手及びメッセージを送ることができます。
PR
コメント
無題
こちらも応援しておりますw
posted by オーサカURLat 2006/11/07 18:56 [ コメントを修正する ]