この物語は一人の少女が主人公です。
「オラオラ岩井~ちんたらやってんじぇねえぞ!」
ヒール軍トップのMADOKAさんの怒声が道場に響く。
「は、はい!」
デビューが決まった私は、さらに厳しさを増した練習に耐えていた。
今日はヒール軍の先輩達の
「今ちゃんとやっとかないと後悔するぜ。」
「そうそう、リングの上じゃ殺しても罪にはならないからなあ、がっはっは。」
ヘタなインディの男子レスラーより強そうなMADOKA先輩に言われると本当に恐ろしい。
「それにジャックみたいにヘタなレスラーの技食らうと大変だぞ~。」
「MADOKAさん、そりゃないっすよ。」
ヒール軍のNo2ジャックミヤタさんが抗議の声を上げる。
「ああ?事実だろうが。 前に手加減ぬきの攻撃かまして相手を大怪我させたのはどこの誰だったっけか?」
以前話には聞いた事があるけど、ミヤタさんは他の団体にいた時、エアプレーンスピンの体勢から頭から垂直に落すという驚愕の技、”大雪山おろし”で相手の選手に3ヶ月のケガを負わせ、団体から追放されたという。
「古い話を。アレは相手が受けがヘタだから・・・ぐえつ」
言い訳をするミヤタさんの喉にMADOKAさんの地獄突きが・・・
「こうなりたくなかったら、きっちり受身の取り方とクラッチの極め方を体で覚えるんだね。」
「は、はい。」
「あと20本受けやったら、リングで実践してやろう。」
このあとリングでボロボロにされたのは言うまでもない。
先輩達は「後片付けしておけよ。」と言い残しすでに道場にはいなくなっていた。
「ねえ、里香。」
「なに?すずさん。」
「・・・キツイね。」
「うん。」
私達はリング上に倒れたまま会話している。
ダメージはすでに回復しているが、疲労で動けなくなっていた。
「もうすぐデビューだってわかってるけど、なんか実感わかないよね」
「そうだね。後楽園でデビューでしょ?満員・・・って何人だったかな?」
すずさんに問われ、私は回答を探る。
「確か・・・1800人超えると満員って週刊女子プロレスの熱戦譜につくよ。」
「1800人か・・・想像つかないね。」
「うん。 リングに立つ事に憧れてここまで来たけど・・・どういう気持ちになるのか分からないね、すずさん。」
私達はその後しばらく無言だった。
「そうだ!先輩たちに聞いてみない?」
「あ~里香ナイス!それいいよ!」
「でしょ~!!」
「よーしじゃあ、とっとと片してシャワー浴びていくよ!」
「うん!!」
私達は飛びおきて・・と言いたかったけどフラフラと立ち上がった。
◇◇◇
「どうしたの二人して?」
私達の襲来に警戒しながら3期生の山本香さんがドアを開けてくれた。
山本”先輩”なんだけど、年は私よりも二つ下なので、先輩というよりかは親しい友人という感じになっているのよね。
「はは~ん。また門限破りでしょ?それはお断りよ。」
すずさんが門限破りが大好きで、それに付き合わされるのはこの香か、私なのよね。
「今日は違うよ。やだなあ、ちょっと香に聞きたい事があってさ。」
「今日”は”違うのね。で、聞きたい事って?」
「うん、あのさ・・・リングに立つのってどんな気持ちなのかなって思って。」
「はあ?」
「デビューして初めてリングに立つ時ってどんな気持ちでした?」
私はすずさんと違い言葉遣いには気をつける。
香は先輩だから、一応。
「あ、そうか里香ちゃんたちデビュー決まったんだっけ。」
と呟いた香はちょっと考えてから口を開いた。
「うーん。私は全然緊張しなかったなあ・・・」
「えっ?本当?」
これには私もすずさんもびっくりしている。
「うん。ほら私って天然ボケでしょ。だからか全然緊張しなかったのよ。
むしろ試合後のインタビューの方が緊張して何を話したのかは覚えてないのよ。試合内容は詳細に覚えてるんだけどね。」
私達は香に礼を言って廊下へと戻った。
「相手間違えたね、すずさん。」
「ホントね。聞きやすいからってチョイスして失敗だったわ。じゃあ誰にきこうか?」
「そうね。宮本先輩と高田先輩はヒール軍だし聞きづらいし、鈴木先輩と橋本先輩は香と似たタイプだし・・・3期生がダメとなると二期生の人か1期生の人になるけど。」
といって私は考える。
「うーん二期生か。平野さんは無口だし、話してるの聞いた事ないしね。
となると仲元さんか、かずみチャンだね。」
「すずさんと同じ愛知出身だしかずみさんに聞いてみようか。」
私達はかずみさんを探す。
かずみさんは食堂でお茶を飲んでいた。
「岩井と小早川か。どうした? おっと門限やぶりはダメだぞ。」
「いや今日は違うよ。」
どうもすずさんはいろんな人と門限破りをしてるみたいね。
「で、あれか?デビューの頃の話でも聞きにきたか?」
かずみさんは”お見通しだぞ”という表情をしている。
「ふーん図星だったみたいだね。私は、キャッチコピーが決まった時、それと水着を貰った時に”ああ、デビューなんだ”って嬉しかったけど。」
「キャッチコピー?」
私達は声をそろえる。
「そう。うちの団体では必ずつけるのさ。女子で有名なのは新女のソニックキャット選手の”音速ヒロイン”とかだな。」
「ああ速川先輩の”ライトニング・プリンセス”とかですね。」
「そうそう、あれ。 あれがもらえると、よーし頑張るぞって思えるんだよな。 もちろんリングに立つ瞬間は震えたけどね。」
「なるほど。」
「でも私はキャッチコピーがもらえた時が一番だったな。デビュー戦なんて中里さんに秒殺されて、悔しかった記憶しかないもの。」
といってかずみさんは悔しそうな表情を浮かべた。
今でも打倒中里を目指しているわけだから・・・それも当然なのかもしれない。
「でも、リングにたった瞬間が一番嬉しかったって奴もいたよ。マミ(仲元真美=2期生)なんかはそういってたね。」
「なるほど・・・」
「懐かしいな。私達もデビューの前は同じことしたよ。もちろん3期の連中もそうだけど、こうやって先輩達に聞いて回ったもんだよ。」
「先輩たちも?」
「うん。でも経験者として言えるのは・・・”リングに立ってみないとわからないと思うって事。 人それぞれだからね。」
人それぞれ・・・
私はどうなんだろう・・・
私とすずさんのデビューはまもなくだ。
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