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2017/05/01 03:29 |
信長の野望 革新 プレイ日記 その2 同じ過ちは繰り返さない
 時は再び1555年へと戻る。 
 
 今回は前回の反省を込めて防御を固めることにした。
 まず農村・武家町を建設して、兵舎・鍛冶場・鉄砲櫓を整えつつ、市・水田を作成していく。

さくら「探索で優秀な人材を探すことも大事かと」とのことなので、木下(羽柴)秀吉、秀長ら使える武将も平行して探す。
 このゲームは資金面でシビアなので、使えない武将はひとまず余裕できるまでは登用しない事にする。
 なんとか形になるころ、前回同様 道三死亡イベント
 これで斉藤家に攻め込めるようになるのだが、まだ無理。

 1557年史実では1560年におきる今川の上洛がはじまった。
 松平元康を先鋒とした総勢3万5千の大軍が大挙清洲へ押しかけてくるのだ。
 前回のプレイでは義元が真っ先に突っ込んできたので、鉄砲の餌食にしたのだが、それすら出来ん。
 (でも、奇襲をかけられるのよね)という事がわかっているので安心だが、義元の奴来るの遅い(笑) 神楽坂さくら率いる鉄砲隊9500で、松平元康隊以下を迎撃する。
 鉄砲の威力と計略で何とかもちこたえるも、なかなか義元がこない。

さくら「まだよ。まだまだ!!」
と孤軍奮闘するさくら。

 このとき実は3人でチームを組んだ方が強いという事を知らず、本当にさくら一人で迎撃していた(笑)
 説明書よまないとダメだねえ。 で、ようやく義元さんが清洲近くに到着した。
「時は今 雨が下しる五月かな」とプレイヤーは、光秀の句をつぶやいての奇襲宣言。
  織田信長率いる奇襲部隊が義元を討ち取り(イベント発動)今川勢は総崩れとなった。
 で、普通は元康独立イベントが起きるはずだが・・・おきない。
「おかしいなあ…」と思いながら、秀吉に小牧山を築城させ、美濃攻めの準備に入る事にする。
 (築城適性Sの武将(この場合秀吉)なら一夜城というのが使えるというのがわかったので)
 史実では墨俣城だがないのなら仕方がない。
 美濃攻めの準備は着々と進行しているが、まだ織田は動けない状況である。
 

1558年

再び 今川軍が4000近い戦力で清洲へと攻め込んでくる。
 ほぼ全力出撃に近い。しかも 今川氏真が先頭に突っ込んでくる。

さくら「飛んで火に入る”蹴鞠坊や”とはこのことよ!」

 またもさくら率いる鉄砲隊9500で迎撃。今度は副将を二人つけて万全の体制。
 だいたいが今川氏真ごときでは相手にならない。
瞬殺し、全滅させたところ 松平独立イベントが発動!!
 どうやら蹴鞠坊やが岡崎に不在となった事で条件を満たしたらしい。 

 泣きっ面に蜂状態の蹴鞠坊や。まあ蹴鞠ばかりしてるからだ(笑)

 当然のことながら続いて清洲同盟のイベントが発動。
隣国岡崎との同盟に成功し、後顧の憂いがなくなった織田軍は美濃攻めを敢行する。

 ちょうと具合のよいことに観音寺城 六角攻めででかけており美濃は8000しかいないのだ。
 
 信長「これなら清洲に3000残して全力出撃すれば落とせる。続けー」 という事で全力出撃。
 北畠に攻め込まれたら岡崎松平から援軍を送ってもらえばいいわけだし(笑)

 というところで続きは次回。
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2006/02/10 11:02 | Comments(0) | TrackBack(0) | 革新プレイ日記

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