このお話は”後編”です。
※前編を先にお読み頂いた上で、お進みください。※
その選手がフードを外した瞬間、私のコールが飛ぶ。
「青コーナーよりラッキー内田選手の入場です!!」
そう、ラッキーの退団はケガだけじゃない。
このハッピープロジェクトを“任す”為でもあった。
ラッキーが試合をするのは8年目6月以来2年半ぶり(マッキーの引退試合での乱入はカウントしない)となる。
私のコールに一瞬固まった場内だったが、ラッキーの姿を見てざわめきが広がり、そしてそのざわめきが歓声へとかわるまでにはそれほど時間はかからなかった。
「ラッキー!」
「お帰り~~!!」
花束贈呈役でも、セコンドでもなく、“プロレスラー”ラッキー内田としてリングインするラッキー。
みことの引退試合というウエットなムードを吹き飛ばしてみせた。
そう・・・一期生はまだ全員引退したわけではなかった。
「佐知子さん・・・」
みことの瞳が潤んでいる。
ラッキーとみことは試合ではあまり絡まなかったが、道場ではよく一緒に関節の練習をしていたものだ。
「みこと、久しぶりにやるね。遠慮はしないし、いらないからね。」
「はい。ちゃんと足も狙わせていただきます。」
「そうこなくちゃね。」
ラッキーはウインクしてみせた。
「ラッキー内田選手は、今後NEW WINDの所属選手となります事を改めて告知いたします。」
場内から温かい拍手。
ラッキー、頑張れよ。
「只今より、本日のダブルメインイベント第1試合、”最強巫女伝説最終章”草薙みこと選手引退試合、シングルマッチ60分1本勝負を行います。」
ここで大きな拍手。
「青コーナー 東京都出身、“本日復帰戦”・・・ラッキーうち~だ~~!!」
スカイブルーのリングにラッキーが帰ってきた。
ラッキーは軽く拳をあげて応えると、リングに跪き、マットを右手で撫でる。
「スカイブルーのリングよ・・・私は帰ってきたわ!またヨロシクね。」
「赤コーナー 山形県出身“最強巫女伝説” 草薙みこ~と~!!」
みことは丁寧に四方にお辞儀をする。
白い紙テープが一斉に投げ込まれ、スカイブルーのリングを真っ白に染めた。
ここで普段ならレフェリーの紹介をするのだが、リング上にはレフェリーはいない。
それに気づく場内。
「特別レフェリー・・・南利美!」
レフェリーの衣装を着た南がダッシュしてリングに滑り込む。
「復帰おめでとう、佐知子。貴方たちの試合、私が裁かせてもらうわ。」
「完璧なレフェリング、期待するわよ。」
握手を交わす二人。
「よろしくお願いします、南さん。」
みことと南も握手を交わす。
「完璧なレフェリング、お見せするわ。」
ボディチェックを行う南の手つきはまさに完璧で、レフェリングを指導しトニーさんも納得の表情。
「ダウン10カウント、反則5カウント、場外20カウント・・・シェイクアップ!」
早口で説明を終え、握手を促す。
「よろしく、お願いします!」
みことが両手を差し出す。
「よろしく!」
ラッキーも両手を差し出し、握手を交わす。
さわやかにはじまるか。
「なんてねっ!」
ラッキーはいきなり脇固めに移行。
「えっ!」
場内からブーイング。
「やると思ったわ。ほらゴング、ゴング!」
南の指示で慌ててゴングを鳴らす仲間アナ。
ラッキー内田の復帰戦であり、草薙みことの引退試合でもある試合は、ラッキーの不意打ちの脇固めからスタートした。
「佐知子さん・・卑怯ですよ・・」
「久しぶりだからね・・・それに花を持たせる気はないから・・・」
「みこと、ギブアップ?」
南が聞く。
もちろんこれは形式的なものだ。
完全に決まっていればギブを取れる技だが・・・
「もちろん、“ノー”です。こんなの簡単にはずせますから。」
といってみことはあっさりと外す。
「さすがね・・・これで決まってほしかったんだけどな。」
ラッキーは笑う。
これももちろん本心ではないだろう。
何度も、スパーリングを繰り返してきた両者にとってこの程度は挨拶代わりだろう。
もちろん南だってそう。
ずっとこの二人の攻防は見ているのだから。
この後、お互い探りあいながら、静かな展開が続く。
「試合時間5分経過・・・5分経過。」
シーンとする会場にキュッキュッというシューズの音だけが響く。
この五分の間、出た技はアームホイップ、脇固め、スリーパーくらいのものだ。
じっくりとした攻防だが、常に緊張感を漂わせている。
“関節使い同士”の試合だけに、一瞬の隙が命取りになる。
派手さはないが、こういう試合もまたプロレス。
大技だけがプロレスじゃないのだから、若手にはしっかり勉強してほしいものだ。
「よしっ!」
ラッキーが動く。
素早くタックルで潜りこもうとするが、みことはそれを察知し、回避しようとする。
「たあっ!」
タックルと見せかけてラッキーはドロップキックに切り替える。
低い体勢からだから打点は高くはないが、意表をついた攻撃にみことが揺らぐ。
「よしっ!」
コブラツイストの体勢にもっていこうとしたラッキーを腰投げで切り返し、みことはエルボーを落す。
「きゃあっつ!」
エルボードロップは入ったが、その腕を脇固めに極められてしまい、思わず悲鳴をあげるみこと。
「みこと、ギブアップ?」
今度は最初とは違い、南に緊張感が走る。
「ノーです。」
みことはロープへとエスケープに成功。
「深追いはやめておくわ・・・」
ラッキーは追い討ちをかけずにリング中央へと戻る。
みことのテクニックなら、下手に攻めるとカウンターで投げられてしまう。
ラッキーはその事をよくわかっているのだ。
テクニックとテクニックの攻防はこの後も続いたが、試合時間が長くなればなるほど、ブランクのあるラッキーには応える。
“練習と試合は違う”とよくいわれる。
どんなに練習をしていても、実戦から離れてしまえばスタミナという面では不安が残るものだ。
動きが悪くなったラッキーは、みことにつかまってしまった。
草薙流兜落し(変形裏投げ)を2連発で貰い、ふらふらになるラッキー。
「試合時間20分経過、20分経過・・・」
「もらいますっ!」
みことは後ろから組みにいくが、ラッキーはそれを上手く体勢を入れ替えると、丸めこむ。
「っと!」
カウント2.5でクリアしたみことの腕を絡めとり、関節地獄へと引き込むラッキー。
しかしグランドではみことも負けてはいない。
ふりほどくと、草薙流裸絞め(変形ドラゴンスリーパー)。
幾多の強豪を屠ってきたみことに得意の絞め技に、場内ヒートアップ。
「ラッキー、ギブアップ?」
南の声はさらに緊張度を高めている。
「・・・」
声が出せない為、空いている手をひらひらさせて、拒否するラッキー。
「みこと、絞りなさい。」
って南・・・そこは“絞れ・絞れ”っていうところだろう?
レフェリーは掛け声をかける事をするが、絞りなさいって・・・
客席からは
「落せっ!落せっ!」
というコール、そしてラッキーへ「逃げろ~!!」という声が飛びかう。
南がラッキーの腕を持ち上げるが、反応なく“だらん”としてしまう。
これを3回やって反応がないようだと、レフェリーストップだ。
2回目・・・反応せず“だらん”。
3回目・・・だらんとする・・・かにみえたが、ギリギリのところでラッキーの腕が反応する。
みことは諦めて自ら技をとき、クラッチを変える。
ラッキーの両手首を後ろから掴み、肩車の体勢に持ちあげる。
必殺の草薙流竜巻兜落し固め!(旋回式JOサイクロン)だ。
大きく旋回してリングへと叩きつける。
これがレスラー草薙みことの最後の技となるか・・・
バン!
バン!!
南の右手がいい音を響かせる。
3度目はタメを作って、満足そうな表情で振り下ろす南。
バン!!!
「22分43秒 草薙流竜巻兜落し固めで勝者草薙みこと!」
この瞬間 プロレスラー草薙みことはその役目を終えた。
南に手を挙げられ、泣き出すみこと。
悔しそうに起き上がったラッキーだったが、南に腕を掴まれ、無理やり腕をあげられると、やっぱり涙。
両者の涙には色々な思いがあっただろう。
・・・よく見ると、南まで泣いているように見えたような・・・
あ・・・私が泣いているのか・・・
☆ダブルメインイベント第2試合☆
MAX WINDヘビー級女王戦 60分1本勝負
女王 結城千種 VS 吉田龍子 挑戦者
「ああ~~っ!」
結城の二段蹴りが決まった瞬間、会場から諦めムードが漂った。
挑戦者決定戦を制して臨んだ吉田に、今度こその期待がかかっていたのだが、結城に揺らぎはなかった。
18分37秒 二段蹴りからの体固めで結城の勝利。
女王結城 6度目の防衛に成功。
いったい誰がこの女王を止められるのか。
全盛期の勢いはなくなっているのに、この王座戦での強さはなんだ。
「まだ後を託すわけには。」
という結城の後輩への激励なのだろうか。
永沢、吉田、ハイブリットの3人はノンタイトルではそれぞれ結城に勝った事はあるのだが、どうしてもタイトル戦で勝てない。
結城は確実に衰えているのに、3人は勝てない・・・
結城が凄すぎるのか、3人がだらしないのか・・・結城の強さだけが目立った試合だった。
みことの引退式は、みことの希望で簡素なものに。
一度は泣きやんだみことだったが、引退の挨拶をすべくマイクを握った時、再び感極まって大粒の涙を流していた。
「涙で目が曇って・・・どうしてこんなに・・・すいません・・・今はさよならだけをいいます。」
照明の落されたリングに10カウントゴングが寂しく響く・・・
いつ聞いても物悲しい音色だなあ・・・
2期生 草薙みこと 10年目12月引退。
スカイブルーのリングからまた一人旅立っていく。
最強巫女伝説はスイレン草薙が紡いでいってくれるだろう。
お疲れ様、みこと。
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セリフに「アナベル・ガトー」の香りがします。
…「レッスル愛」を少し引きずってる!?
なにはともあれ、みことさんお疲れ様でした。