南 利美 回顧録『MINAMI』より。
(※今回はNEW WIND編の選手視点挿入話その47.5「複雑な想い 門を叩きし者 side南利美」に該当するお話です。)
『実妹ハイブリット南入団について』
私がプロレス入りした時、妹の寿美(ハイブリット南)はまだ10歳でした。私がプロレス入りした時、妹は「ふーん。お姉ちゃんは変わった事するのね。」と一言。この頃の妹は、プロレスへの興味はなかったと思うわ。
それに私はレスラーになってからは、正月と凱旋興行のしか家には戻らなかったし、妹とはほとんど会話なんてしなかったから、いつからプロレスに興味を持つようになったのか、まったく知らなかったの。
大体ね、私の凱旋興行だって観にきた事ないのよ、興味あるなんて思わないでしょう?
そんな妹から、『プロレス入りしたい』と聞いたのは、確か4年目の終わり頃だったと思う。 5期の吉田が入団してくる前だったから。この時の気持ちを一言で表現すれば、『複雑な気持ちだった』わね。なぜなら、私はプロレスの怖さも楽しさも、辛い部分も面白い部分も知っているから。だから、なんとも言えない複雑な気分だったの。しかも妹は『NEW WINDに入団したい』と言う。確かにうちの団体は最高だし、入るなら一番だと思う。レスラーとしてそう思うわ。だけど、姉という立場で見たらやっぱり嫌よね。
NEW WINDに入るという事は、同じスカイブルーのリングに立つという事。つまり対戦する確率は高いわけじゃない?レスラーである以上は対戦相手になったら、身内だろうが恋人だろうが倒すべき相手。これは理屈ではわかっているし、体も勝つための動きをすると思う。だけど、心が納得もしくは割り切れるかはやってみないとわからないじゃない?
その辺りはやっぱり不安だったわね。
「他の団体ではダメなの?」
「…レスラーになる事には反対しないのね?」
「反対も賛成もしないわ。ただ甘い世界ではないのは覚悟しなさい。」
「もちろん分かっているわ。そして分かっているからこそNEW WINDに入りたいの。」
強い決意を感じさせる口調だった。
『反対しても諦める事はないだろう』という事をこのとき悟ったわ。
「…かなり強い意志のようね。」
「うん。本気よ。」
「聞いてもいいかしら。何故レスラーになりたいの?何故NEW WINDなの?」
「最強の団体だし、お姉ちゃんに勝ちたいから。」
「最強の団体になりつつあるのは認めるけど、なぜ私に?」
「そうよ。何がいけないのかしら?」
「どうして私に勝ちたいからなのかと思って。」
「どうしてって? いじめられた仕返しを堂々とリングで出来るじゃない?」
「そんな気持ちならレスラーになるな!」
私は思わず怒鳴りつけてしまったわ。
「…ごめんお姉ちゃん。今の冗談のつもりだったの。」
「………」私は黙ったまま言葉の続きをまったわ。
「まさか怒るなんて…お姉ちゃんはプロレスが大好きなのね?」
「…プロレスを愛している…と言って欲しいわ。」
「私はそんなお姉ちゃんのプロレスが大好きなのよ。自慢のお姉ちゃんに近づきたい、追い越したいという気持ちがあるわ。私も完璧な試合を見せてみたい。完璧な試合でお姉ちゃんを倒したいって。」
「あなたに倒されるようなら、引退決定だわ。」
「じゃ、あと1年ちょっとね。入団したらすぐ引導を渡してあげるわ。デビュー戦で」
まったく…可愛げがないわね。誰に似たのかしら…
「上等じゃない。楽しみにしているわよ。一応社長には話しておいてあげるけど。」
「…社長さんって若いわよね?」
「私よりは年上よ。確かに若くは見えなくもないけど。」
「私も会うわ。興味あるし。」
「はあ?」
そんなやりとりがあった後、私は妹を社長に紹介したの。
「へー南の妹か。そっくりだな。」のんきな社長の言葉になんだかイライラした私は、「どこが似ているのよ?!」と思わず怒鳴ってしまった。
「どこって、全部だけど。誰がどう見てもそっくりじゃないか。あえて違いをいうなら南よりも若いというくらいで…グゲエ…南…悪かった…ギブだ、ギブ…」
私は思わずスリーパーで社長を絞めていた。
「ゲホッ!ゲホッ!…ゲホッ………こらあっ!チョークで入れるなよ、死ぬかと思ったぞ。だいたいチョークは反則だぞっ。」
「5カウント以内なら反則じゃないわ。…って姉ならいいます。」
私が言おうとしたセリフだったのに妹に取られたわね。
「社長さん、いつも『こんな姉』の面倒を見てくださってありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそお姉さんにはお世話になっていますよ。南のアドバイスは的確だし、とても助かっています。」
この野郎…猫被ったな…
「そうですか、姉をよろしくお願いします。で、私の入団の件ですけど…」
「今度5期生が一人入団しますが、まだあと一部屋残っていますし、6期生募集まで新人を取る予定はありません。貴方がその気なら私は歓迎します。南の妹さんなら、センスは抜群のはずですし。」
「じゃあ…」
「6期生としてお迎えする用意はしておきます。ただし、ちゃんと体を作っておいてください。うちの練習は厳しいですから。何しろ『口うるさい小姑』がいますから。」
社長はチラリと私を見ながら言う。
「…小姑って私の事かしら?」
「お姉ちゃん自覚あるの?」
……プチン!「あるわけないだでしょ~~う!!」
あーなんだか今思い返しても腹が立つわ。あの時の妹と社長のコンビネーションアタックは抜群だったし。
「入団は決定事項としておくが、外部・内部には伏せておく」と社長は言ったわ。
あのヒールな表情をしている社長を見た限り、くだらないイタズラでも思いついたんでしょうね、きっと。
「お姉ちゃん、私やっぱりNEW WINDにしてよかったわ。」
「話早かったしね。あと1年…15歳でデビューできるなんて羨ましいわ。」
私は16歳でNEW WINDに入団した。同期よりも1歳上というのは、アスリートとして伸びる時期を一年無駄にしたという事だ。最初は身体能力の差でリードできたけど、いつの間にか遥には抜かれてしまっていたし。
「あと1年私も早かったら…」
「ううん、そうじゃないわ。社長さん面白い人だったし…それに…」
「…それに?」
「結構いい男だったわ。お金もあるみたいだったし…狙おうかしら。」
え、ええっ!?
「ちょっとあなた…」
私は言葉が続けられず口をパクパクさせてしまっていた。
「何?」
「…年が離れすぎじゃないのかしら。」
ようやく冷静さを取り戻したのだけど…
「愛があれば年齢は関係ないのよ、お姉ちゃん。」
「小娘が知ったような口をきくんじゃないの!」
私は思いっきり妹の頬をつねり上げた。
「痛い…痛い…」
「プロレスはもっと痛いのよ!」
私はもう片方の手で逆側の頬もつねり上げる。
「ひゃん…ひゅう…ひゅりー…ひょー…ひ」
ひゃいぶと言われる前に手を離してあげたわ。
「いひゃい…痛いわね!」
「5カウント以内なら反則じゃないわ。反則カウントを取ったみたいだったけど残念ね。」
なんだか心配の種が増えた感じね。
『どこって、全部だけど。誰がどう見てもそっくりじゃないか。あえて違いをいうなら南よりも若いというくらいで』”さっきの社長の言葉をなぜか思い出したわ。
「若い方がいいのかしら…」
もっとも社長の場合年齢のわりに常に若い子に囲まれているわけだから、若いのには慣れているとは思うし、大丈夫。…って私は何を考えているのかしら。さ、妹に負けないように自分を磨かないと。より強く、より巧くなって、あとお肌も磨いて、若さを保って・・・って、どうしてこんな事ばかり考えるのかしらなんだか妹と社長のせいでリズムが崩れたわ。
明日から頑張りなおさないといけないわね。遥に負けてばかりいられない。カンナやみこと、めぐみと千種も凄く成長して来ているけど、このまま簡単に抜かれるわけにはいかないわ。あと1年早くNEW WINDが旗揚げしていたとしたら、絶対にもっと違ったのに。色々と複雑な気持ちだわ。
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